トランスメディア提供アイコン01 青函連絡船摩周丸

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2018年8月7

NIKON D7000
北海道函館市

青函連絡船は1908年、
本州と北海道をつなぐ連絡船として運航。
最初の船は「比羅夫丸」と「田村丸」

北海道の開拓事業の本格化で輸送の増強が求められた。
船内にも線路が設置され、
スムーズに貨車が乗り入れるようになったのだ。

それ以降、
北海道と本州の間の海峡を
人と物資を運んだ。

1954年9月26日、
悲劇が訪れる。
台風15号により、
洞爺丸をはじめ4隻の船が沈没。
1430人の尊い命が失われる。
タイタニックに次ぐ最悪の海難事故となった。

この事故以来、
本州と北海道を連絡する海底トンネルが検討される。

青函トンネルが開通される1988年までは、
北海道と本州を結ぶ動脈交通の要として活躍した。
より多くの人を快適に運ぶために、
連絡船は進化した。

しかし、時代の変化は無常である。
青函トンネルが開通されると、
本州と北海道を結ぶ交通の要は
トンネルに取って代わられ、
その運行は終わった。

自分が北海道に人生初に上陸したのは1990年の9月
学生時代であったので、
貧乏旅行という形で北海道に訪れた。

もう、青函連絡船に乗ることはない。

ただ、新幹線が開通して、
函館に向かうのに、
青函トンネルを通るのは25年ぶりである。

(写真の無断転載はお断り)



by note1969kagami | 2018-09-06 17:00 | | Comments(0)

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